2017/09/17(日) 10:23:10

悩んでいる。このところ、なにをどうしても心が振るわない。

なにをしていてもどこか宙ぶらりんとしている。

コンビニで週刊誌を買って、毎週楽しみにしている連載を数ページ捲って、その内容が頭に入ってこない。

それっぽく流し読みをして、適当な場所へ放ってしまう。

何か月か前に見つけて以来、気に入って通っていた気の利いたホットドッグが食べられるコーヒースタンド。

そこのチーズドッグを一口齧って、それで満足してしまう。

メチャクチャに旨いんだけど、なんというか、それ以上気が向かない。


  2017/09/17(日) 10:24:09

「つまり、今みたいな状況ってワケか」

テーブルを挟んで座っている涼が、アタシと食べかけのチーズドッグとを見比べている。

「まあな」

「珍しいこともあるもんだ。夏樹もおセンチになるとはね」

「本当にな。もしかすると、ちょっと長めのアレなのかもしれねぇ。まあ、そんなんは勘弁だけどな」

アタシが口元だけニヤっとさせると、涼はその切れ長の目をいっそう細くして、人差し指でテーブルの端を軽く二回叩いた。

食事の席だ、と言いたいのだろう。変にマナーにうるさいのは、涼の育ちの良さが故だ。

アタシは悪かった、のつもりで手をひらひらと揺らした。

「一言で表すとだな、楽しくない。楽しくないんだよ」

「ふーん…」

「よぉ、けっこうマジに悩んでんだ」

涼はゆっくりとコーヒーカップに手を伸ばした。

アタシもそれにつられるように、一口含む。

すっかり冷めてしまっているが、切れの良い苦みはしっかりと残っている。


  2017/09/17(日) 10:25:26

「ギターのほうだって、調子が悪ぃんだ。この後のレコーディングも、正直な話、不安だ」

そう、これも悩みの種だ。

楽しくない、の影響が仕事にまで浸食しつつある。

「だりーも参加するんだ。かっこ悪ぃとこは見せらんねぇだろ」

すると涼は、良く通る声で笑い始めた。

「あははははは!」

突然の笑声に呆気にとられる。なにが可笑しい。

次第に、沸々と怒りが込み上げてくる。

「よぉ、こっちは真剣に……」

思わず身を乗り出す……よりも先に、涼の背中越しに見える女子高生らしき三人組の視線が目に入った。

羨望と疑惑と困惑とが混ざり合ったその六つの瞳は、真っすぐにこちらを見据えている。

「ああ、もう……バレた、出るぞ」

「くくっ……あいよ、チーズドッグはどうする」

適当に包んでいくよ、と言って、テーブルに備え付けられていた紙ナプキンを二、三枚抜き取り、チーズドッグに軽く巻いて外に出た。


  2017/09/17(日) 10:26:49

店の外は、休日ということもあって、それなりに人で溢れている。

時計を見ると、レコーディングの開始時間まで、ぼちぼちといったところ。

スタジオもここからそう離れたところではないので、このまま歩いて向かうことにした。

持ってきたはいいものの、やっぱりこれ以上、食べる気にならないチーズドッグを手の内で遊ばせていると、涼が今だニヤケの残った顔でのぞき込んできた。

「さっきのことだけどサ、悪かったよ。突然、笑ったりしてな」

「ああ、いったいどうしたかと思ったぜ」

「まあ、なに。心配すんな。すぐに楽しくなってくるさ」

近いうちにな、と言って涼は含むような笑みを見せた。

アタシはその意味がさっぱり分からず、なんとも楽しくない。自然と溜息が漏れる。

くそっ、なんなんだ……、面白くねぇ!



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  2017/09/17(日) 10:27:52

しばらく歩いて、雑居ビルの立ち並ぶエリアにたどり着いた。

ビルの間にぽっかりと空いた地下へと続く階段を降り、扉を開けると、プロデューサーとだりーが待合ロビーに置かれたベンチに並んで座っていた。

だりーはアタシの顔を見るなり、まるで母親を見つけた子犬のように駆け寄ってきて、その眩しい笑顔を輝かせた。

「久しぶりだね、なつきち!三週間ぶりくらいかな。涼も元気だった?」

「ああ、久しぶり。海外ロケはどうだったよ」

「楽しかったよ~!お土産もあるから、あとで渡すね。あ、なにそれ。ホットドッグ?」

あんまりにも食いついてくるので、チーズドッグを渡してやると、だりーは一息のうちに口に放り込んだ。

そのあまりにも無邪気に動く頬を見て、思わず吹き出す。

「もっ?ひょっほ、なふひひ、わらはなひへほ~!」

「あはは!なに言ってるかわかんねぇよ」

海外帰りといえど、だりーはだりーなのであった。


  2017/09/17(日) 10:28:16

談笑もそこそこ、プロデューサーに促され、レコーディングルームへ。

緊張しながら、ギターを一掻きすると……。

「……あれ?」

いつも通りの音。だが、良く響いている。気持ちのいい伸び。楽しい時の音だ。

思わず涼の方に目をやると、さっきと同じようなニヤケた顔をしながら、いいじゃん、と言った。

「言っただろ?近いうちに楽しくなってくるって」

「ああ、良い感じだ……」

なんでだろう、不思議なこともあるもんだ、というと、涼はニヤケ面を一気に強張らせ、アタシを見つめた。

「なんでだろう?わかんねぇの?」

なぜ、キレられてるのだろう。なにも理解できないまま素直に、わからん、と伝えると、涼は深い深い溜息をついて、

「トンチキなこと言ってると、そのうち痛い目にあうぞ」

と言って右肩を人差し指で強めに突いてきた。

アタシは首を捻りつつ、この心に沸き溢れる“楽しい”という感覚が消えないようにと、ギィィィンと弦を弾いた。


引用元:http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1505611390/