2017/10/19(木) 20:24:28

思わず目を細めてしまうほど月が明るい夜。

その月に負けぬほど眩しい2人の女が、とある料亭の個室にいた。

高垣楓。

かすかに翡翠がかった艶やかな髪。

はかなげでありつつも不思議な温かみのある、碧と蒼の瞳。

しなやかに、悩ましげな曲線を描く身体。

彼女は風にそよぐ芒のようにたおやかで、優雅な風貌だった。


  2017/10/19(木) 20:25:27

それと対照的に片桐早苗は、くっきり、はつらつとしていた。

あるいは“具体的”とでも言うのだろうか。

みずみずしい栗色の髪。

面立ちは童顔で、まったく邪気のないように見える。

けれども顔に見合った小柄な身長に、見合わぬ豊満さがあった。

2人は同じ事務所に所属しているアイドルで、

年は3歳ほど離れていたが、

それを気負うこともなく付き合っている。

性質のちがいから仕事を奪い合うこともなく、他人からは、

両者の間に亀裂を生じさせうる要素はないように見えるだろう。


  2017/10/19(木) 20:27:39

「プロデューサー君には本当こまっちゃうよねぇ」

「ええ、本当に…」

2人は食事の余韻をゆったりと感じながら、語り合っていた。

それ自体はごく自然な風景だった。

「食事はおろそかにしちゃダメっていつも言ってるのに、

 目を離すとカップラーメンばっかり。

 アイドルに心配かけるなんてプロデューサー失格よ!」

「私達に気を回してくれるぶん、自分のことがおろそかになるんじゃないですか」

「そう…そうね。きっとそうだわ」

 彼女達をプロデュースしているのは同じ男。

 たった1人の、男だ。


  2017/10/19(木) 20:28:46

「どうにかして負担を減らせないかしら。

 いくら好きな仕事でも身体を壊したら元も子もないんだから。ね?」

 早苗は、もう1人の女に微笑みかけた。

 楓は左小指で泣き黒子を撫でた。

「お酒、頼みますか」

「お願い」

 楓は呼び鈴を鳴らして、やってきた仲居に手早く注文をした。

 早苗は胸を大きくそらし、のびをした。

「ビール?」

「焼酎です。いけませんでしたか」

「……グラス?」 

「ボトルです」


  2017/10/19(木) 20:29:46

 早苗が次の言葉を紡ぐまえに、氷の入った2つのグラスと、

 黒々とした焼酎のボトルが運ばれてきた。

 自分達で注ぐからと、楓は仲居を下がらせた。

「私は、プロデューサーさんにお世話になりっぱなしですね…。

 早苗さんみたいにしっかりしてませんし、

 早苗さんよりも若くて右も左もわかりませんから…」

 楓は、薄く笑みを浮かべてグラスを酒で満たした。

「どうぞ」

「うん。ありがと」

早苗はグラスを受け取って、一息に飲み干した。

彼女は酒好きであっても“ざる”ではないから、これは危険な飲み方だった。


訂正します 2017/10/19(木) 20:31:49

一方の楓は酒にはめっぽう強いので、グラスどころかジョッキを干すこともできる。

だが楓は、ちびちびと酒を舐めた。

「なによぉ、もったいぶっちゃって」

すでに顔を赤くした早苗が、楓に絡んだ。

「どうせ酔っ払っても、今日は瑞樹ちゃんが迎えに来てくれるんだし…」

川島瑞樹は2人の共通の親友で、今日はこの場にいない。

ちょうどバラエティの収録が入ってしまっており、

それが終わった後に彼女達を迎えにくることになっている。

「どうせ素面でも酔ってても手がかかるんだから、楓ちゃんは」

早苗は名前の部分で語気を強めた。

それを聞いて、楓も一気にグラスを空にした。


  2017/10/19(木) 20:32:31

小一時間ほどたった頃、川島瑞樹は酔いつぶれた2人に呆れかえった。

いつもは片方が、あるいは両方が“ばか”陽気に出迎えてくれるものだったが、

何かの拍子にブレーキがきかなくなってしまったらしい。

「やっぱり君がいてくれて助かったわ〜。

 2人がいっぺんだと、いつも大変なんだから!」

日々の苦労がしのばれる苦笑いをしながら、瑞樹は引きずるように早苗を抱えた。

「楓ちゃんの方はお願いね。まったく世話が焼けるわ…」

瑞樹と、この場にたった1人の男は視線を交わし、

窓から差し込む月光がきらめいた。

早苗と楓は何も知らないまま、深い酔いの中に沈んでいた。


引用元:http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1508412226/